漫才:マジック

武田:どうも、よろしくお願いします。
   まず最初に自己紹介しますと僕が武田完で隣にいるのが三浦碧。
   二人合わせてENDGREENです。よろしくお願いします。
三浦:ねえ、ねえ完君、完君。話があるんだけどさ! 私、今度マジックをやるんだ!
武田:マジック?
三浦:うん! 友達の結婚式の二次会で余興をやることになってね。
武田:なるほどね。
三浦:それで、うまくできるか不安だから本番でアシスタントをしてほしいんだ。
武田:アシスタント? それはかまわないけれど、碧ちゃんはどんなマジックをやるんだい?
三浦:コインを消すマジックをやるんだ。
武田:テーブルマジックなんだね。
三浦:そうなの! シンプルで地味に見えるけれど、だからこそ決まったときの鮮やかさはすごいからね。
武田:ちゃんと考えているんだね。
三浦:テーブルに置いたコインに布を被せて、指をならしてパッて取り上げたらコインがなくなっているって手順でやるんだ。
武田:なるほどね。……あれ? でもそれだと僕がアシスタントでいる必要がないんじゃないのかな?
三浦:必要だよ! 完君には一番重要なことをやってもらうから。
武田:一番重要? どんなことをすればいいんだい?
三浦:あのね、マジックって、右手を大きく動かしたりして注目させている間に左手でトリックを仕掛けているってよく言うでしょ。
武田:ミスディレクションと呼ばれるテクニックだね。
三浦:完君にはそのミスディレクションを手伝ってほしいの!
武田:というと?
三浦:完君が大型トラックで会場に突入して列席者の気をそらしている間に仕掛けを終わらせるんだ!
武田:碧ちゃん、それは陽動作戦。アクション映画とかで観る計略じゃないか。
三浦:じゃあ、あとで日時教えておくから当日はよろしくね!
武田:碧ちゃん。このレスポンス数で打ち合わせを終わりにするには無理難題が過ぎるよ。
三浦:不安でもあるの?
武田:不安じゃなくて確信として存在しているよ。
   トラックで突入だなんて危険きわまりないでしょ。
三浦:大丈夫だよ! ちゃんと人払いして突入してもいいスペース確保しておくし。
武田:碧ちゃん、存在しないよ。仮に無人だとしても突入していいスペースは存在しないからね。
   碧ちゃん、ちゃんと考えてみてよ。大型トラックが突入するんだよ。出席者はなんて言うと思う?
三浦:うわー! このトラック新郎新婦の写真でラッピングしてある!
武田:理想論が過ぎるよ碧ちゃん。
   広告用のトラックを特注している心憎さに気を配れる余裕は持てないよ。
   というか、特注したの?
三浦:うん! 宣伝用のラッピングできるトラックをレンタルしてね! 絶対喜んでくれると思って内緒にしてあるんだ!
武田:特注のトラックを用意する気遣いがあるなら、別のやりかたで気をそらしてくれないかな。トラック無駄にしちゃって申し訳ないけれど。
三浦:それなら大丈夫だよ! 突入させないならクラクションでオリーブの首飾り奏でてもらうから!
武田:楽器として用いるのかい? なんにせよトラックで突入以外のやりかたを考えてね。
三浦:じゃあ、爆発で気をそらせることにするね。
武田:どちらにせよ陽動作戦だね。
   混乱に乗じる以外の方法にしてほしいんだよ。
   爆発なんて起こされたら惨事にしかならないでしょ。
三浦:大丈夫だよ。爆発は爆発でも楽しめる爆発。花火を打ち上げるんだ!
武田:さっきと重複する問題点は後回しにして別方向から指摘していくね。
   碧ちゃん、花火を打ち上げるんだよね?
三浦:そう!
武田:その隙にテーブルのコインを消すんだね?
三浦:うん!
武田:負けちゃうよ。花火が相手じゃテーブルマジックの利点がすべて裏目に出てしまうよ。
   夜空を華麗に彩られたあとではコインの動向は気に止めてもらえないよ。
三浦:でも、私が観てきたマジシャンはいついかなる場所でも最高のパフォーマンスを見せてくれたよ。
武田:それはプロの技術と話術があるからだよ。
   どれだけホームだとしてもアマチュア相手に花火は分が悪すぎるよ。
三浦:大丈夫だよ!
   私のマジックが負けないようにアマチュアの花火師である完君に頼んでいるんだから!
武田:碧ちゃん、物騒な肩書きで呼ばないでね。
   そもそも存在するのかなアマチュアの花火師って?
三浦:だって完君、プロじゃないでしょ?
武田:かといってアマチュアですらないよ。そういう区分けとは無縁の生き方をしてきたからね。
   で、さっきと重複することの一点目ね。僕に頼まれても困るよ。なぜなら素人なのだから。
   それから二点目。そんなことしたら会場が大惨事だよ。トラックで突っ込んだり、屋内で花火打ち上げたりしていい場所なんてないからね。
三浦:屋内? あれ、完君、屋内でやるって勘違いしてるの?
武田:え? だって結婚式の二次会ってレストランとかパーティ会場を貸しきってやるんじゃないの?
三浦:ああ、ごめん言ってなかったね。
   二次会は高層ビルの屋上にあるビアガーデンを貸しきってやるんだ。
武田:ええと、ちょっとってね碧ちゃん。最初に提案したときから屋上のビアガーデンを想定していたんだよね?
三浦:もちろん!
武田:じゃあ、どこからトラックを突入させるつもりだったんだい?
三浦:隣のビルの屋上から猛スピードで飛び込んでくればできるでしょ。
武田:絶対無理だよ。さっきの認識でも絶対無理だったけれど、絶対のなかに明確な序列が生まれる無理さだよ。
三浦:あ、もしかして完君、大型の免許持ってないとか?
武田:そういう次元の問題じゃないよ。
三浦:じゃあ、トラックやるなら教習所に通ってくれないかな?
武田:間に合わないよ。そもそもやらないけれど、やろうとしても間に合わないよ。
   免許を取れたところでビルの屋上から屋上まで飛び移るなんて一朝一夕で身に付く技量じゃないからね。
三浦:教習所に通うのに?
武田:碧ちゃん、今度、自動車教習所のパンフレット請求しよう。どこの学校のカリキュラムにもないからね。
三浦:でも、映画の撮影とかパフォーマンスでビルからビルに車で飛び移るカースタントの人とかいるよね?
   ああいう人たちってどこで身に付けたの? 独学?
武田:ではないけれども。どのみち免許取り立ての人が挑んでいい領域ではないからね。
三浦:そっか……。トラックか花火をやってくれたら絶対いいマジックになるのに。
武田:そうでもないよ。碧ちゃん、素直にマジックすればいいだけだからね。
三浦:じゃあ、今からシミュレーションしてみるから、
   それでいいマジックになるなって思ったら考え直してくれる?
武田:碧ちゃん。頑張っているところ心苦しいけれど、どれだけ巧妙なプレゼンをされても揺るぎようがないよ。
三浦:「ご紹介いただきました新婦の友人の三浦碧です。
    これからマジックでこのテーブルに置いたコインを消してみせます!
    ですが、その前にもうひとつマジックを。今からこの場にトラックを出します!」
武田:プログラム組み込むのかい? トラックの突入を。
三浦:「タネも仕掛けもありません!」
武田:あるとしたら超人的なドライブテクニックと勇気だけだからね。
三浦:「見事、トラックの出現が成功したら私に大きな拍手を!」
武田:せめて手柄はドライバー側のものにしようよ。
三浦:「では、トラックが出現したところで空をご覧ください! 大きな花火を出現させます」
武田:言いたいことたくさんあるから、箇条書きで伝えるね。
   まず、素人の花火をマジックの流れに組み込まないでね。
   なんでトラックとその代替案の花火の両方やることになってるのかな?
   最難関の移動は「では」の二文字で飛ばしていいものじゃないよ。
   突入が成功したとして、話の流れでは立て続けに花火をやっているけれど、少しは休ませてもらえないかな。僕にそんなタフさはないからね。
三浦:「私はその間にコインを消します!」
武田:碧ちゃん、宣言したら意味がないよ。
   そして、花火のときに消すんだったら、トラックを突入させた意味はなんなんだい? なんのためのミスディレクションなのかな?
三浦:どう? やる気になったでしょ!
武田:だとしたら演じている横からあれだけ口を挟んでいないよ。
三浦:そっか……。このアイディア全然、ダメだよね。
武田:碧ちゃん、気づいてくれたんだね。
三浦:だって、結婚式の二次会で「消す」マジックは縁起が悪いもんね!
武田:そこは論点じゃなかったけれど、碧ちゃんが考え直してくれるなら理由はなんでもいいや。
三浦:余興は別のマジックにするね!
武田:別のマジック?
三浦:うん。ひとセット52枚の普通のトランプの絵柄がシャッフルしただけで全部ハートになってるマジックなんだ。
武田:ロマンチックなマジックだけれど、どうやって成功させる気だい?
三浦:トラックと花火で気をそらしている間にどうにかするよ!
武田:そこが一緒ならどんなマジックでも結論は一緒だよ。ガワじゃなくて内部の構造に問題があるんだからね。
三浦:みんなが見惚れている間に(トランプを広げていろんなところから一枚ずつ抜いていくマイム)えーと……ハート、ハートって。
武田:単純作業なのかい? 考えているトリックって。
三浦:それで、13枚集まったら他に3パック買ってあるからそこから抜き出してハートだけのセットを作るんだ!
武田:そこは事前準備しておいてよくないかな?
三浦:でも、マジックやるときってタネも仕掛けもありませんって宣言するから、ちゃんと守らなきゃ。
武田:碧ちゃん、愚直がすぎるよ。定型の前口上に自縄自縛になる必要ないからね。
三浦:じゃあ、このマジックを一緒に……
武田:碧ちゃん、断るよ。ミスディレクションはもとより、それを抜きにしてもトリックが直球勝負過ぎるもの。
三浦:そんなあ……。私は友達のために完君と一緒にマジックがしたいのに!
武田:漫才でよくないかなあ? ずっと引っ掛かっていたんだけれどさ。
三浦:漫才? いいの!?
武田:せっかく二人いるんだしさ。碧ちゃんの友達なら僕もそれなりに協力は惜しまないからね。
三浦:わかった! じゃあ、一緒に漫才やろ!
   私がはいどうもーってステージに出ていくから、完君は隣のビルからトラックで突入して登場してね!
武田:碧ちゃん、いくら特注したからってトラックの活用にこだわるのやめようね。
   いい加減にしようか。
二人:ありがとうございました。